日本には柴犬の「寅」を残して、親友にお世話してもらっています。頼まれた友人にすれば迷惑な話だろうと、つくづく思うのですが…。寅はゼロ歳で我が家へ来ましたが、その前に天然記念物の甲斐犬で、「五狼」という名前の犬を17歳で往生させたばかりでした。死んですぐに寅を持ってきたので、家族から顰蹙(ひんしゅく)を買いました。日本犬は「忠実」「温和」で長い間の友として、私には欠かせない存在です。しかし彼らは「ペット」ではないから、外で生活しています。
大概の人がご存知のように、欧米人の犬の飼い方はかなり日本人とは違います。
外で寝泊りするのは、こちらでは飼い犬ではなくノラと決まっています。だからといって、ノラが邪険に扱われているかというとそうでもないのです。一方、飼い犬は首輪をしていても、リード(引き綱)で繋がっているとは限りません。飼い主のペースに合わせて、適度に距離を保ちながら、マーキングしたり、用を足したり、新しい相手を物色したりしています。
ここリスボンでも、アパートの半間のドアから突然シェパードやハスキーと思われる巨体が、しかも2頭、3頭と現れておどろかされますが、平屋・アパート関係なく、彼らは家のなかで飼われています。先日も、うちの狭い階段をえっちらおっちら昇って部屋の前にたどり着いたら、25キロはあろうかという灰色の、ドーベルマンまがいの犬が立っていました。薄暗い電気の下、予測もしていない光る目に仰天しました。ドカドカとすぐ下の階のお兄ちゃんが、「ソリー、ソリー」と叫びながら上がってきました。これは滅多にない椿事ですが、ともかく1世帯50平方メートルの狭いアパートでも、犬を飼う人が結構いるということです。
この数か月、秋以降に滞在する新しいアパート探しをしていましたが、下見すると、現在住んでいる人の3分の1は間違いなく犬・猫同伴で、大家さんも結構鷹揚なようです。日本の賃貸で「ペット可」が宣伝文句になるのとは、かなり違います。
アパートのドアから巨体が2頭、3頭…
日本に残してきた庭先の寅。「柴は痴呆になりやすいですよ」と獣医に脅かされて、それからドッグフードだけに頼らず、魚の頭や肉をモリモリ食べさせているが、もう手遅れかもしれない。
シントラの住宅街の玄関に張り付いていていた犬のアズレージョ(絵タイル)。別に歴史的な代物でも名人のものでもないが、なんとも風味満点。このアズレージョの真上からマルチーズまがいのうるさいのが顔を出して、キャンキャンとうるさかった。
左ノラ、右飼い犬。道端で左がナンパして、右の飼い主の買い物を、2匹して店先で待っている。店の前の公園でナンパがはじまり、店先で待つこと30分、そして結局ノラはふられて、次のお相手を探して歩いていきました。
顎の下の「ポシャポシャ」がたまらない
ノラは日ごろ虐待されていないせいか、通行人を見て、逃げ惑ったり険悪な顔を向けたりすることはありません。街を走るメインストリートのリベルターデ通りからちょいと裏に回った所に、チボリというこじんまりした繁華街があります。かつて5軒を下らない小劇場がにぎわい、それらを囲むレストランと飲み屋がひさしを並べ、色とりどりの建物が残り、いまでもいかにも往時の隆盛を偲ばせる一角です。そのうら寂れた空間に、かなりの数のノラが生息しています。だれとも知れず餌が持ち込まれるらしく、ノラたちはあまり遠出しないようです。飼い犬をもつ人間も、ノラが自分の犬に近づいたからと、騒ぎ立てる風は見せません。
そういえば、人間様と犬をいっしょに論じてはいけませんが、ポルトガルの人は、道路や地下鉄で物乞いに出くわしても毛嫌いしたり、眉をひそめて逃げ惑ったりはしません。ごく自然に施しもしますし、何もしない場合もあります。しかし過剰に反応はしないということです。物乞いがいることも、ありのままの生活の一部なのでしょう。犬社会でも、どうやらこの人間の考えが沁みこんでいるのでしょうか?!
ポルトガルで見かける犬のほとんどは雑種です。アメリカでは最近とみに雑種志向が強いと聞きますが、当地ではずっと前から雑種専門だったのではないでしょうか。いや雑種こそが当地では、血統犬ではなかったのか?
ひとつだけ、こちらの犬相でかなり共通しているのは顎の下にポシャポシャと少し長めの髭が目立つこと。これがなんともいえず「雑種」を主張して可愛いのです。ダックス、テリヤ、マルチーズ…何でもかんでも「顎したポシャ」です。
ところで、道にはたくさんの糞が転がっています。何しろなんでも食しますから硬軟いろいろで、止むを得ません。ポルトガルに住む日本人の家庭では、これもあってか、いずこも玄関先で靴の履き替えが常識となっています。
そうそう、こんなこともありました。リスボン近郊の世界遺産の町、シントラの路地で、観光客のまん前ではじまったとき、お土産屋のお兄ちゃんはしょうがないなと、バケツの水を流していましたが、その水は隣の店先にちょろちょろ行っただけでした。
ノラもこれくらい悠然としていると、もう立派な「顔」である。でも雨のときはさすがに体にこたえるのか、巨体を木陰に寄せて精一杯小さくなる。
チボリの、貴重な生き残りレストランの前でにらみを利かせる、これまた貴重な飼い犬。この「顎したポシャ」が何ともいえない愛嬌だ。思わず手を出すと、ひょいといやな顔をして立ち去る。
