ホリーウイーク(2007年は4月5日から7日)とはキリストの死を悼む、クリスチャンにとってはクリスマスに次ぐ重要行事です。1週間のそれぞれの曜日に名前がついていて、それに則った宗教行事が行われます。ホリーウイーク中は日本のお盆のように都会で働くものは、皆田舎へ帰り、故郷の家族と旧知の友との再会を楽しみます。いくら仕事が忙しいからといって、このとき田舎に帰らなかったり、あるいは帰されなかったりしたら、一生の間、尾を引くことになります。
うれしかった息子の決断
レイに使われるカラチュチの花。
私も、ゆっくりビコール地方タバコ市の田舎で過ごすチャンスと楽しみにしていました。たまたま、2番目の息子がフィリピンを訪れており、同行することになりました。マヨン火山や、サンゴ礁の青い海、そして私の農場を見せて、なんとかフィリピンのとりこにしてやろうという算段です。家についてみると台風で痛めつけられた木々はいまだ情けない状況でしたが、花や動物たちが元気に迎えてくれました。
ホリーウイークの目玉はGood Fridayの行列。日本のお祭りのようにそれぞれのバランガイ(注:フィリピンの行政単位で、州、市、町に次ぐ)のキリストやマリアの像を引いて、街のメインストリートを行列します。よくぞこれだけの人が住んでいるものだと感心することしきり。延々と続く行列に、最後は友人の双子の子供たちを抱いて道路わきに駐車しているジープのバンパーに座り込んでしまう始末でした。
翌日のBlack Saturdayは人々がキリストの死を悲しまなければならない日なので、おとなしく息子とふたりで養鶏場や山沿いの海岸線などをまわり、日曜日は、いよいよ目玉の白砂の小島へ船でむかいました。大きな船一艘をチャーターしたため、私の相棒の家族やその友だちなど20人くらいのグループになって、いざ出陣です。途中降っていた雨も止み、浜はいつもの南の海でしたが、昨年の台風レミンのため、椰子の木がほとんど葉を落とし、少々情けない様相になっていました。しかし、件の息子は白い砂と青い海を満喫したようです。
さて、相変わらず屋根が台風で吹き飛ばされ、ビニールで仮の屋根をかけた状態の我が家ですが、そこには今年高校を卒業するデビナという娘がいます。この娘は家庭の事情で我が家に預かり、メード代わりにも使っているのですが、いよいよ大学進学の時期を迎えたのです。本人はコンピューターコースに進みたいという希望を持っていますが、その話を聞いて、息子が大学進学の学費と月々の経費を負担したいといい出したのです。自分のことしか考えない息子でしたが、若干16歳のデビナの人生に痛く感ずるものがあったようです。
ところが、最近になって、デビナの母親がしゃしゃり出てきて、娘を大学には行かせない、働かせて、稼がせたいといい出したのです。この国では高校(日本の中学から高校1年までに相当)を出ただけではろくな仕事はありません。メードか食堂あるいは花街で働くしかないのです。それに対して、息子の落胆は想像がつくというものです。たったひとりのフィリピーナの人生ですが、日本人親子がそれを救ってやろうと対策を協議中です。ホリーウイーク中に思い立ったささやかな慈善です。
友人の双子の娘。
ホリーウイークの行列。
各々趣向をこらした行列。
農場のブタたち。
台風で被災し仮設屋根の我が家。
農場の水牛。



・写真左
養鶏場。
・写真右
小島に到着。
・写真左
無人の砂浜。
・写真右
浜で戯れる。
・写真左
船中にて。
・写真右
デビナと息子のツーショット。
