各国ロングステイヤーからの現地レポート
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フィリピンSMモール・オブ・エイシアの紹介

志賀和民さん(元フィリピン退職庁JAPAN DESK)2007年9月9日掲載

アジア最大の巨大モール

2006年、マニラ湾の埋立地にアジア最大というSMモール・オブ・エイシア(Mall of Asia)がオープンしました。オープン当初は空きが目立ったモールも、1年経過した現在はほとんど全部埋まって、まさに巨大あるいは広大な、まるで大都市の繁華街がまるまる収まったモールを形成しています。この地域は10年以上前に埋め立てられ、その開発が手付かずにいたのですが、モール・オブ・エイシアのオープンに伴って、新興の街並みを形成しはじめています。マカティ、オルティガス、ボニファシオについで、首都圏メトロマニラを代表する近代的市街地になるのは間違いないでしょう。

モール・オブ・エイシアのシンボルの巨大な地球儀。

モール・オブ・エイシアのシンボルの巨大な地球儀。

SMとは、一代で街角の靴屋からフィリピン最大のデパートチェーンを築き上げた、中華系新興財閥(TAIPAN)ヘンリーシー率いるシューマート(靴屋)と呼ばれるデパートの略語です。1980年代から急成長を始めたSMは、80年代にケソン市にSM Cityをオープンしました。まさにCityと呼ばれるにふさわしい、当時としては度肝をぬくようなモール街とデパートでした。さらに90年代初頭にはさほど離れていないマンダルヨン市オルティガスにSMメガモールをオープンしました。これまた、まさにメガ級の巨大モールでモールひとつが街を形成することできることを実証したようなものでした。 さらに2000年前後にはメトロマニラ郊外のビクータン、スーキャット、アラバン、カビテ県のダスマリニャス、モリノ、さらにマニラの周辺都市、ルセナ市、サンフェルナンド市、バギオ市と絨毯爆撃のように大規模モールを展開していきました。老舗マカティ市のSMもリニューアルされ近代的なデパートに衣替えをしました。そしてその総仕上げが、SMモール・オブ・エイシアなのです。

モール・オブ・エイシアの外観。

モール・オブ・エイシアの外観。

モール内のオープンスケートリンク。

モール内のオープンスケートリンク。

美しくゆったりした街

中華系新興財閥(TAIPAN)は、スペイン系名門アヤラ家、ロペス家、コファンコ家等に代わって、今やフィリピン経済を牛耳る巨頭です。その代表はSMのヘンリーシー、ロビンソンデパートのゴーコンウエイ、フィリピン航空のルシオタン、そして金融界の王、元駐日フィリピン大使のユーチェンコです。ヘンリーシーはSMデパートチェーンの他、保有しているエクイッタブルPCI銀行とバンコデオロ銀行を合併させてフィリピン最大の銀行を出現させました。そして、ルシオタンはPNB銀行とアライド銀行を合併させてフィリピン第4位の銀行を出現させるべく画策中です。ユーチェンコは大手一角のRCBC銀行を保有しています。これら銀行を武器に経済界に大きな影響を与えているのです。

モール内の吹き抜けの通路。

モール内の吹き抜けの通路。

SMの競争相手はロビンソンデパートチェーンです。SMと同様、首都圏のあちこちに巨大モールを建設し、マニラ周辺にも積極的に展開しています。しかしながら、ロビンソンデパートには余り人が入っていません。それは、「ゴーコンウエイの息子さんが半身蛇で、若い娘の生身を食べて生きている、そしてロビンソンの試着室では多くの若い娘が消え去っている」、といううわさがまかり通っているのです。そのため、いまだロビンソンの婦人服売り場には店員以外客がほとんどいないのです。 SMモール・オブ・エイシアに話を戻します。モールに入ると幅が20メートル位あるゆったりとした通路が続き、中央付近には吹き抜けの広場とスケートリンクがあります。さらに中庭に面して数多くのレストランが並んでいます。 そして2階に上がって海のほうへ向かうと、マニラ湾の夕日を眺めながら食事という嗜好でしょうか、10メートル位のベランダに面してしゃれたレストランが並んでいます。海岸沿いは、まだ建設中ですが、近い将来、遊歩道と庭園、そしてスナックや飲み物売り場が並ぶことになるでしょう。

SMの外には広大なジプニーとフィルキャブのターミナルがあります。モール・オブ・エイシアは交通の要所というよりも市街地から離れたところにあるので、マニラの各地あるいは郊外から直行の交通手段を用意して、客を集めているのです。広大なモールの3、4階は全部駐車場になっていて、数千台の車を収容することができます。なかに入ってみると外からは、想像がつかない数の人たちが、この美しくてゆったりした街の散策を楽しんでいます。ここは冷房が効いた街そのものなのです。

海に面したベランダを利用したレストラン街。

海に面したベランダを利用したレストラン街。

開発中の海岸線。

開発中の海岸線。

志賀和民

志賀和民(しが・かずたみ)プロフィール

20代のころからプラントメーカーの現地駐在員としてフィリピンをはじめシンガポール、クウェート、インドネシア、香港などに駐在、豊富な海外経験を持つ。リタイア1年後の2003年1月からフィリピン在住。政府機関であるフィリピン退職庁(PRA)ジャパン・デスクを2006年7月まで務める。温厚な人柄に惹かれる人が多い。ルソン島南部、タバコ市郊外に敷地1万坪の農園を持ち、将来、退職者のパラダイスを建設することを夢としている。

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