チーン。
「きーみょーむーりょーじゅーにょーらーい。なーむーふーかーしーぎーこー…」
わが家の朝は僕の読経からはじまる。台所の方でおのぶが朝食の準備をする気配がする。
お経を読みながら、「今日はベナルマデナの蚤の市の日だな。行ってみるか。そこをのぞいてから隣町のアロージョ・デ・ラ・ミエルに行って、こっこちゃん(※1)を買ってこようかな。そういえばこの間買いに行ったら、また50セント値上がりしていたなあ」などと考える。
朝のお勤めが終わり、庭に出るとスズメが左に右に飛び交いながら騒ぎ立てる。庭先の木のなかにあわてて逃げ込むものがいる。ハイビスカスの枝のなかに隠れるものもいる。隣の家の塀の上に一列に並んでこちらの様子を伺っているものもいる。
今日も青空の広がるいい天気だ。
「おはよう。待ってろー」
そういって、おもむろに庭を掃く。それから、裏庭へ行ってひと坪ほどの野菜畑をのぞいていると、「おったァ。ごはんよー」とおのぶが呼ぶ声がする。
庭の白いテーブルにおのぶがお皿を運ぶ。僕はヨーグルトをコップに入れて運んだ。
「手を合わせてください。ご一緒に。いただきまーす」と合掌してから、コーヒーをゴクンと飲む。
「あーうめー!」
「おいしいわねえ!」
わが家の朝食はこの形が定着していて、毎朝こんなふうにはじまる。
ちなみに、「いただきます」のいい方は、孫のひかるとみーちゃんが幼稚園で教えられた習慣をわが家に持ち込んだもの。孫たちは小学生になった今も一時帰国の折にまだやっているので可笑しい。
コーヒーを飲みながら待たせてあったスズメにパンをちぎって投げてやる。
1メートルほどのところで、パンくずに群がって争いながら食べている。あるものはくわえて逃げ、あるものはそのスズメを追いかける。姿が見えなくなるほど遠くまで飛んでいくものもある。その場で平気で食べているものもいる。
およそ30羽ほどもいるので、スズメのパン代は家計に計上しなくてはならないほどだ。
スズメのパン代がばかにならない?
我が家の阿弥陀さんは京都西本願寺から2万円で買われてきて金魚鉢のなかに。「心配するな。お前たちの気持ちはわかっているから、安心してまかせておきなさい」といつも見守ってくれている。身体はちっちゃいが心の広いありがたい仏さんだ。
逃げないで食べていれば、たくさん食べられるものをといつも思う。

