各国ロングステイヤーからの現地レポート
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フィリピンバスのストライキに遭遇して

上野勲(いさお)さん、展子(のぶこ)さん(ベナルマデナ・コスタ在住)2008年9月17日掲載

ナスの生姜焼きが食べたくて食材店へ

「ストライキじゃあないの?」
「まさか…」
「もう、1時間よ」
「うーむ。それにしても来ないなあ」
 バス停にあふれていた人たちのなかには、タクシーをつかまえて乗る人が目立ってきた。
 今日はナスの生姜焼きが食べたいということになり、生姜を買いに隣町のトレモリーノスにある中国食材店の「温州屋」へ行くことになった。ほかにも買うものがあったので、愛車のカリートをひいてバス停まで出かけてきたのだ。
「今日は行くのをやめようか」
「うん…」
 事故があったにしても、これ程待たされたことはない。次のバスも来ない。なにか、特別な事情が起きたに違いない。するとストライキか…。でも、今までバスのストライキなんて聞いたこともない。大きな事故があったのかなあ。
 しぶしぶ家に引き返そうとバス停が見えなくなる曲がり角まで来ても、おのぶはしきりに振り返ってバス停の様子を気にしている。僕も立ち止まって見る。
「せっかく今まで待ったんだからなあ」
「もうちょっと待ってみようよ」
 ふたたびバス停のそばの木蔭に戻ると、水着姿のおばちゃんがふたりバスタオルを敷いて座り込んでいる。どうやら長期戦の構えだ。

ストライキとは知らずひたすらバスを待つ人々。

ストライキとは知らずひたすらバスを待つ人々。

レストランのテーブルの横を「ちょっと失礼」

レストランのテーブルの横を「ちょっと失礼」

やっとバスに乗車するも…

「来た来た!」
 やっとのことでバスが来たのは、1時間40分も待ったときのことだ。いくらなんでも15分間隔のはずのバスを、こんなに待ったことは今までになかった。しかし、僕たちは嬉々としてバスに乗り込んだ。
「オラ! トレモリーノス!」
 おのぶもニコニコして行き先を運転手に告げて、割引カードを発券機にかざして乗る。
 バスに乗って間もなくして、「でも、次のバス来ないわねえ」とおのぶがいい出した。そういえば対向車線にはいくら行っても、我が家方面のベナルマデナ行きのバスの姿がない。念のためにトレモリーノスでバスを降りると、切符売り場をのぞいてみたが窓口は閉まっている。しかし、こんなことは昼休みなどでよくあることだ。何か貼り紙でもしてあるかと注意して見るが、どこにも運休のお知らせのようなものは貼ってない。間もなく、温州屋に着いて、僕たちはもうバスのことはすっかり忘れてしまっていた。
 念願の生姜を手に入れたし、これでナスの生姜焼きが食べられる。いつものように2〜3軒、店をはしごしていっぱいになったカリートを押して、家に帰るべくバス停に戻った。
「他のバスも来ないわね」
 また、おのぶが不安そうな顔でいい出した。
 ここは、行き先の異なるたくさんのバスが停まるところだ。そういえば上りも下りも、一台のバスの姿もない。いつもバスを待つ人であふれかえっているのに、今日は人もまばらだ。
 すると、近くにいた女性がバスを待っている我々に「ストライキですよ」と教えてくれた。それで、ようやく今日のもやもやしていた異常な事態が理解できた。
「やっぱりおのぶのいった通りストライキだったんだ」
「ストライキっていわれても…」
「…どうする?」
「タクシーで帰るか…」
 こんなに荷物を満載したカリートでタクシーに乗せてくれるだろうか。荷物全部出す?
降りるときに入れ直すのが大変だ。歩くか。でもこの炎天下、何時間かかるだろうか?
「…うーむ」

ひたすらにカリートを押す。子ずれ狼の心境。

ひたすらにカリートを押す。子ずれ狼の心境。

トレモリーノスを抜けてようやくここからベナルマデナ。

トレモリーノスを抜けてようやくここからベナルマデナ。

カリートを押して家まで歩く

 スペインではストライキの話は良く聞くことだ。それも、簡単にやってしまうという印象がある。この間、ガソリン値上がりに抗議する運送会社が1週間のストライキをした。店頭から品物が消えたり、山のような野菜を捨てている様子や、トラックをバリケードに高速道路を封鎖している模様がテレビに映し出されていた。漁師さんもストライキをする。このときは魚屋さんが店を閉めていた。
開通したばかりの国鉄新幹線ABEもストライキをやっていた。
 ある夏、ごみ収集のストライキが3週間も続いて、リゾートの街は悪臭とごみの山で生活がマヒしたという話も聞いた。子供連れで日本に帰国する際に航空会社のストライキにあって、1日足止めされたという知人もいる。
「よし!歩いて帰ろう!」
 何時間歩くか見当はつかないけどバスで通い慣れた道だ。決心してしまえば、気持ちの切り替えはふたりとも早い。
 午後3時。路上の温度計は32度を表示している。しかし、歩き出すと風はさわやかだし、歩道は街路樹や建物の蔭が続いて意外に涼しい。見慣れた景色も新鮮にみえる。
「シトシトピッチャン、シトピッチャン…」
 カリートを押しながら子ずれ狼の大五郎を乗せた拝一刀の気分になる。鼻歌なんか出たりなど、結構楽しいものだ。途中、おのぶがスーパーでクロワッサンとジュースと水を買ってきた。店の前の木蔭に腰を下ろして食べる。風が涼しく吹きぬける。小さな菓子パンだけど、これが甘くてうまい。
「まるでピクニックね」とおのぶが云う。
 ハイビスカスの垣根を通る。路上にあふれたレストランのテーブルをぬって通る。ホテルの前を通る。バス停を通る。郵便局や銀行や薬屋の前を通る。小さな美術館の前を通る。お土産屋の通りを通る。パラソルの花がいっぱいに咲いた海水浴場を見ながら通る。水着姿の行き交う浜通りを通る。
 家の近くまで来た頃には、さすがに疲れて足どりも重くなっていたが気持ちは清々しかった。家に着くと夕方6時をとっくに過ぎていた。
結局、この路線バスのストライキは1週間続いてやっと正常に戻った。

パラソルの花咲く中、水着姿を横目に。

パラソルの花咲く中、水着姿を横目に。

お土産屋の前を通って。

お土産屋の前を通って。

Photo: Masahiro Ohashi

Photo: Fumiya Kamakura

上野勲(いさお)さん、展子(のぶこ)さんプロフィール

海外派遣教員としてマレーシアで3年間働いた経験から、退職後は海外で暮らしたいと考えるように。1987年にはじめて南スペインを訪れ、1,600万円で3LDKの2階建ての1軒家を購入。2004年7月からベナルマデナ・コスタでのロングステイをスタートさせた。 ビザは「非営利目的の居住査証」を取得。愛称は、おったとおのぶ。

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