銀幕でよみがえる「シャンソンの女王」の伝説
エディット・ピアフの名前は知らなくても「バラ色の人生」や「愛の賛歌」は越路吹雪の歌としても誰もが知っている。本作品は、日本人にとってシャンソンの代名詞とも言えるこのふたつの名曲を唄ったエディット・ピアフの47年間の人生を描いた壮大なドラマである。
ピアフは文字通り大道芸人の両親の下に産まれ、売春宿で育ち、街頭で唄ってスターにのしあがっていく。多くの天才アーティスト同様、ピアフも貧困と不幸のエピソードに事欠かない。幼い時に街頭歌手の母に捨てられ、愛する父は兵役にとられ、預けられた父の実家は売春宿だった。グレるか娼婦に堕ちていくかという環境の彼女をさらに不幸が襲う。発育不全で失明してしまうのだ。しかし彼女をわが子のように可愛がる一人の娼婦の献身的な看病と教会での神への祈りが通じたのか、やがて奇跡的に視力を取り戻す。10代になったピアフは貧しいながらも希望を捨てず自分の歌を信じて街頭で唄い続けている。そして20歳になったばかりのある日、街角で唄っているところをクラブオーナーにスカウトされプロ歌手としてデビューするのだ。
デビュー舞台が成功しスターダムを駆け上がったピアフの歌声はフランス中を魅了しただけで終わらなかった。かつてフランス人で成功した者がいないと言われたミュージカルの本場アメリカでも批評家から絶賛を浴びたのだ。大勢のファンと仲間に囲まれたニューヨークの高級ホテルでの楽しい日々。生涯愛する恋人マルセルの出現。しかし幸福の絶頂は長く続かなかった。突然の飛行機事故が恋人を奪い、この悲劇を境にピアフは酒と麻薬に堕ちて行く…。
大道芸人の子供と言うと喜劇王チャーリー・チャップリンを思い浮かべるし、売春宿で育つ幼少期と言うとジャズ歌手のビリー・ホリデイとイメージが重なる。彼女自身が「ビリー・ホリデイと同じ年に生まれたのよ!」と何度か自慢する通りまさにビリーと同じ1915年に誕生し、独学ゆえの独特の歌唱法で歌手として成功しながら酒と麻薬に溺れ50歳を迎えず死んでいくところまでそっくり同じ。ビリーはブルースの女王、ピアフはシャンソンの女王として後世に語り継がれる存在となった。
貧困と悲劇の人生に負けずピアフが素直に成長し、歌手として成功したのは、常にピアフのそばに誰か支える人がいたからだろう。なかでも売春宿時代の幼いピアフを実の母のように慈しみ、愛情をささげてくれる娼婦を演じるエマニュエル・セニエの演技が素晴らしい。出演シーンこそ短いが印象に残る熱演だ。もちろん主演のピアフ(マリオン・ゴティヤール)の演技はまさに「入魂」と呼ぶに相応しい。
マリオン・ゴティヤールは、リュック・ベッソンのアクションコメディ「タクシー」シリーズで主人公の恋人をコミカルに演じていたが、その同じ役者とはとても思えない。特に街頭ではつらつと唄う青春時代の目の輝きが素晴らしい。見ている観客もわくわくするような躍動感だ。そして対照的に晩年の痛々しさ。変わり果てた姿が別人のようだった。
スターの伝記映画は事実に基づいたエピソードを積み重ねるだけで感動を呼ぶもの。特に歌手の伝記は本物の音楽だけでも観る(聴く)価値があるから、この作品も見ごたえ充分の作品に仕上がった。ただ、敢えて言うなら、なんの教育も受けなかったであろうピアフが多くの素晴らしい歌詞を書いた詩人としての側面が描ききれていなかったのが残念。特にピアフが愛するマルセルに捧げた名曲「愛の賛歌」を作詞したことは描かれているが、もう少し入念に描いてあれば、ジャン・コクトーと交友関係もあったという彼女の天性の感受性にさらに近づくことができたのではないか。ビリー・ホリデイや美空ひばりは天才歌手ではあっても詩人ではなかった。それだけに詩人としてのピアフの才能の秘密を掘り下げていなかったのが残念だ。
シャンソンはパリの裏町の庶民の人生を語り継ぐものであり、エディット・ピアフの出現により、それが芸術に昇華したことは間違いない。
2007年9月下旬有楽座他全国ロードショー
[原題]LA VIE EN ROSE
[URL]http://www.piaf.jp/
[監督]オリヴィエ・ダアン(「クリムゾンリバー2黙示録の天使たち」)
[主演]マリオン・ゴティヤール(「TAXI」「ビッグ・フィッシュ」)
[配給]ムービーアイ
